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福岡高等裁判所 昭和39年(ネ)282号 判決 1966年2月24日

控訴人(被申請人) スタータクシー株式会社

被控訴人(申請人) 野口美津男 外一名

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人等の本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人等の申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の提出、援用、認否は次に記載するもののほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)  控訴代理人は、別紙控訴人の主張のとおり陳述した。(証拠省略)

(二)  被控訴代理人は、別紙被控訴人の主張のとおり陳述した。(証拠省略)

理由

一、控訴人が一般乗用旅客自動車運送を業としていること、被控訴人等がいずれも自動車運転手として控訴人に雇われ、勤務していたところ、昭和三八年七月六日、控訴人から、同日付で就業規則第五二条により懲戒解雇する旨の通知を夫々受けたことは当事者間に争いがない。

二、控訴人主張の右懲戒解雇の理由に対しては、当裁判所も原判決理由の示すところと同様の判断をするので、原判決理由中当該部分(原判決七枚目表二行目から同八枚目裏一一行目(注、例集一五巻二号二六三ページ二行目から二六四ページ一二行目)まで)をここに引用する。

但し(一)原判決七枚目表一〇行目から同一一行目にかけて(注、同上二六三ページ七行目)「証人田中定雄及び同福井守の各証言」とあるのを「証人田中定雄(原審ならびに当審第一、二回)及び同福井守(原審ならびに当審)の各証言」と改め、また原判決七枚目裏四行目(注、同上ページ一〇行目から一一行目)中「右認定に反する申請人両名の各本人尋問の結果」とあるのを「右認定に反する被控訴人両名の各本人尋問の結果(いずれも原審ならびに当審)」と改める。

(二)原判決八枚目裏一行目から二行目にかけて(注、同上二六四ページ七行目)「一方証人田中定雄及び同福井守の各証言と証人福井の証言から」とあるのを「一方証人田中定雄(原審ならびに当審第一、二回)及び同福井守(原審ならびに当審)の各証言と証人福井守(原審)の証言から」と改め、原判決八枚目裏一一行目(注、同上ページ一二行目)末尾以下に「被控訴人等の援用する各証人の証言中右認定に反する部分はいずれも叙上各証拠に徴し、採用し難い。」と付加する。

三、次に被控訴人等の不当労働行為の主張について考察する。

被控訴人等がその支部に所属する福自交組合員であることについては当事者間に争いがないところ、証人諸井義則、同安永猛、同梅野光則、同蒲池雅徳の各証言(いずれも原審)ならびに被控訴人等各本人尋問の結果(いずれも原審ならびに当審)を綜合すると、従来控訴会社では福自交スタータクシー支部が唯一の組合であつたが、昭和三八年四月頃から控訴人による支部組織の切りくずしが、支部所属組合員に対する説得或は買収供応という形でかなり活発に行われたこと、その結果同年六月一四日支部組合員の約四分の一に当る四〇名余りが脱退して第二組合を結成するに至つたこと、その後も控訴人は残りの支部組合員に対し、買収或は説得等の方法で福自交を脱退して第二組合に加入するよう勧誘していることが認められる。証人田中定雄(原審ならびに当審第一、二回)、同太田甚五郎(当審)の各証言中右認定に反する部分は直ちに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実からすれば、被控訴人等に対する本件懲戒解雇は、一面において同人等が福自交組合員であることを意識してその支部の組織の切りくずしを意図してなされた疑がないではない。

なお証人梅野光則(原審)の証言及び被控訴人坂上道人本人尋問の結果(原審ならびに当審)のうち、「本件懲戒解雇の通知前第二組合員である訴外池口が被控訴人坂上に対し、控訴人の意向を受け会社としては被控訴人坂上をやめさせる必要はないが、被控訴人野口は組合活動が活発であり、同人をやめさせるためにはどうしても被控訴人坂上に身を引いてもらわねばならない旨勧告した」とする趣旨の部分は証人田中定雄(原審ならびに当審第一、二回)、同福井守(原審ならびに当審)の各証言に徴したやすく措信し難いところである。

しかしながら、被控訴人坂上について組合活動の事例を認めるに足る証拠は全くなく、また被控訴人野口についても、同被控訴人本人尋問の結果(原審)により、同被控訴人が支部大会において殆ど毎回議長に選任されていたこと、同僚の懲戒処分について控訴会社責任者に対し抗議したことがあることが認められるにすぎず、その他に同被控訴人の組合活動が顕著であつたと認めるに足る証拠は何等存しないし、その他同被控訴人が組合活動の故に会社から嫌忌せられていたような事実を認めるに足る証拠もない。一方先に述べたとおり乗車料金はタクシー営業の存立の根幹をなし、しかも運転手による料金の不正は防止が極めて困難であるため、これがたまたま発見されたときは事案の軽重を問わず他戒の意味からも重い処分をするのがタクシー業界一般の方針であると認められ、本件解雇が被控訴人等の不正行為に対する処分として必ずしも妥当性を欠くものではないことからすると、前記控訴人の不当労働行為の意図が本件懲戒解雇の決定的原因であるとは認められず、却つて被控訴人等のメーター不倒による料金の不正行為が本件懲戒解雇の決定的原因であると認めざるを得ない。

従つて本件各懲戒解雇を目して、いわゆる不当労働行為として無効であるとすることはできず、この点に関する被控訴人等の主張は採用することができない。

してみれば控訴人が被控訴人等に対してなした本件懲戒解雇は有効であつて、昭和三八年七月六日限り両者間の雇傭関係は終了したものといわねばならず、従つて解雇処分が無効であることを前提とする被控訴人等の本件仮処分申請はその余の点について判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。

右と異なる見解の下に被控訴人等の申請を一部容れ、仮処分を命じた原判決は不相当で、本件控訴は理由があるから、原判決を取消すべく、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村平四郎 丹生義孝 山口定男)

(別紙)

控訴人の主張

第一、懲戒解雇を行つた理由

(一) 被控訴人らの行為は、就業規則第五二条第五項第一号、第六号、第一三号に該当するものである。

(1) 被控訴人坂上道人(以下坂上と略称する)が、被控訴人野口美津男(以下野口と略称する)を乗せて、箱崎、柳橋間を運賃メーター不倒のまま運行したことは、乙第二、三号証並びに乙第七四号証により明らかで、被控訴人両名は、野口の自宅から柳橋まで運賃メーターを倒さずに、いわゆるエントツで走つた事実を認めているのである。

(2) この事に関して、両名は、運賃メーターの倒し忘れであつたということを強調して、懲戒解雇に値する不正行為には、ならないかのような弁解めいた供述をしているのであるが、両名は、野口の家を出て間もなく、吉塚駅附近でメーターの倒し忘れに気付いているのであつて、それからは、坂上が「俺がサービスするたい」と言つて野口と共謀の上、メーターを倒さないまま、柳橋まで運行しているのであるから、倒し忘れという弁解は、全くとおらない。

(3) また、倒し忘れであるならば、坂上が運収を納金する際、その旨を運行係に報告し、箱崎、本社間の運賃に相当する金額二七〇円を、野口の未収として運行日報に、記入しておかなければならない。

このような、倒し忘れがあつた場合の処理を、坂上は知つていたにも拘らず、これをしていない。

坂上は、この事につき、会社に誰も居なかつたからと述べているが、当時、経理係長福原泰良が二四時間勤務に、ついていたことは明らかであり、当時のB勤務の乗務員は、総て福原に運収を納金しているのであるから、坂上の弁解は、全く事実に反する根拠のないものであることは明白である。

(4) 野口は、控訴人会社(以下会社と略称する)が、社員の送り迎えを会社の負担で行うことは、通常行われていることであるから、本件の場合のように、坂上が同僚の野口を自宅から会社まで、メーター不倒で乗せたことは、いわゆるエントツ行為として、咎むべき程の行為ではない、という趣旨の弁解を述べている。

右にいう送りというのは、午前三時に、B勤務の乗務員が退勤して、自宅に帰る時、電車、バスの交通機関がないので、運賃は会社負担で、会社のタクシーで退勤者を自宅まで送つてやる制度である。この場合、会社はチケツトを退勤者に渡し、運賃メーターを倒して運行し、その運賃は、会社負担とするのであつて、メーター不倒を認めているのではない。また迎えの制度はない。

まして、会社が、組合大会に出席する者の迎えを、会社の運賃負担で行うなどということは全くない。

本件の場合、組合大会に出席するという会社の業務に全く無関係な野口を自宅に迎えに行き、野口を乗せて自宅からメーター不倒で柳橋まで運行したものである。このような乗車をもつて、送り迎えに類するものであるから、いわゆるエントツ行為とは違うのだという主張は、全くの詭弁である。

(5) 乗客が会社の同僚であつても、自分の家族であつても、また全くの他人であつても、運賃メーターを倒さないことにより、会社が損害を蒙ることにおいては、何らかわりはない。却つて、乗務員が同僚同志で、このような不正行為を行うことは、一人で全くの他人を乗客として行う場合よりも、不正行為が公然と社内に蔓延する傾向を助長することとなるので会社としては、より警戒しなければならない。

つまり会社としては、同僚を乗せて共謀してやつたエントツ行為の方を、より悪質とみるのである。

被控訴人両名の行為は、エントツ行為以外のなにものでもない。

(6) ところで、就業規則第五二条第五項第一号、第六号は、メーターの不正操作ならびに不倒行為を、また、同条同項第一三号は右に準ずる場合を、それぞれ懲戒解雇の事由としている。運転者であつた坂上の行為が右第一号、第六号に該当することは明らかである。

野口は、乗客として坂上と共謀して、右メーター不倒行為を行つたものである。従つて、野口の行為は坂上と同様前記第一号、第六号に該当するが、仮りにそうでないとしても、右に準ずる場合として同条同項第一三号に該当することは明らかである。

従つて、会社は、右就業規則を適用して、被控訴人両名を懲戒解雇したものである。

(二) 本件不正行為は、会社として厳格に処置しなければならないものである。

(1) タクシー企業は、乗車一回につき八〇円(当時七〇円)、爾後一回につき二〇円という零細な運賃を唯一の収入としている。しかも、この運賃は、公共料金であるため、政府の許可が必要であり、物価上昇を防ぐため、つねに低くおさえられているのが実状である。

この運賃が乗務員の不正により乗務員に着服され、あるいは、定められたとおりの運賃が会社にはいらないようになれば、企業はなりたたない。

(2) また、タクシーは、乗務員一人で一台のタクシーに乗務して営業区域(福岡市内、粕屋郡、筑紫郡、糸島郡等)を自由に稼働し、ときには北九州、長崎、大分、鹿児島方面へも乗客を輸送する場合があるので、会社の監督は、出庫する際の点呼時に注意するぐらいで、ほとんど指導監督はできないのが実情である。このような勤務状態であるため、乗務員の不正行為は、その意志があれば容易にでき、一部に不正行為をする者があると、これが蔓延するので、不正行為は、発見した以上、絶対に許すことはできない。

(3) 加えて、不正行為の防止には、具体的な策がないのである。乗務員の勤務状態が前述のとおりであるため、最終的には、会社と乗務員の信頼関係以外にはないので、不正行為を発見したときは、他戒の意味も含めて処分しなければ、不正行為を防止することができないのである。

(4) 不正行為の発見は、乗務員の勤務状態が前述(2)のとおりであるので、不正行為を発見するために、加入している調査会からの連絡があつても、その乗務員が否認すれば、不正行為としてとりあげることは困難である。従つて、不正行為を発見し、処分することができるのは、偶然の発見、すなわち、不正行為をしている現場を会社の管理職にある者が発見する場合か、または、乗客からの投書により第三者からの証言が得られる場合か、あるいはまた、調査会からの連絡により乗務員を調べ、当人が自白した場合の範囲に限られる。

このように発見が困難であるので、発見した場合の処置は厳重にして、職場規律を確保しなければならない。

(5) 更に重要なことは、乗務員が不正行為をして、不当な運賃で営業したことが、タクシーの取締官庁である陸運局に、度重なつて知られると、営業停止あるいは、営業取消しの行政処分をされ、タクシー企業にとつては死活問題となる。この面からも不正行為は、厳重に取締らざるを得ないのである。

(6) 以上のとおり、タクシー企業としては、不正行為をした者を許すことはできないので、会社は、過去においても不正行為をした者を、その都度処分し、同業他社の場合も、不正行為をした者に対しては、処分しているのである。

不正行為をした者を処分するのは、タクシー業界では、企業を守るため、当然しなければならないこととされているのである。

第二、本件懲戒解雇は、不当労働行為ではないと主張する。

(一) 野口が組合活動家であるから、この事件に便乗して懲戒解雇にし、坂上は、そのまきぞえで懲戒解雇になつたのであると、被控訴人らは主張するが、むしろ会社は、坂上の懲戒解雇は動かせないが、野口は、諭旨解雇までは処分を軽くしても良いと全自交太陽スター支部(全自交と略称する)との団体交渉で答えているぐらいである。従つて会社としては、野口、坂上は共謀ではあるが、どちらかといえば、坂上が運転していた関係から坂上の方を重視していたのである。

だから坂上を野口の解雇のまきぞえにしたということ、いいかえれば、坂上はどうでも良いが、野口を解雇するためには、やむを得ないと会社が考えていたという被控訴人らの主張は、何の裏付けもない言いがかりにすぎない。唯一の裏付けとしては、池口の坂上に対する話、これを立ち聞きしたという梅野の証言があるがこの池口の話の一件は信用できない。その理由については後述する。

(二) 野口が組合活動家であつたので、会社は野口を解雇するために、被控訴人らの本件懲戒解雇は、それを理由にしたものであると主張するが、野口は、組合役員の経歴はなく、従つて、争議の指導者でもなく、団体交渉に出席した実績もない。また、会社と組合との何らかの折衝の場に出席したこともない。

野口の当審における供述によれば、全自交の組合では立候補制によらず、組合員は適当に自分の好きな人に投票して、数の多い人から執行委員に当選していたというのに、野口は解雇前までは、一度も執行委員になつたことはないというのだから、組合活動の手腕にも見るべきものはないのだろう。

本件解雇後に急拠、執行委員になつているが、これは解雇を争うための、そして、組合活動家であることを示すためのものであるにすぎず、本件解雇に何の影響も及ぼさない。

全自交は、事あるごとに、抗議集会と称して、ほとんど全員が事務所に乱入し、管理職に対して、大声をあげて口々にののしる戦術をとるが、特に野口が中心となつたり、目立つ行動に出たりしたことはない。会社としては、野口が組合活動家であるとの印象はない。

原判決は、「同僚の懲戒処分について被申請人方責任者に抗議したこともあつた」と認定し、これを、組合活動を理由とする解雇の一要因としているが、証拠によれば、これは、末広という従業員の処分に関するものである。

野口の原審における供述によれば、「中州で酒を飲んだ友人と喧嘩して怪我さした末広君の問題のときですけれども、会社は本人から事情も聞かずに一方的に出勤停止処分をしてきました」というのであるが、この事件は、昭和三八年九月頃のことで、のちに傷害事件として起訴され罰金一万円が確定した程の事件で、単に「酒を飲んで喧嘩した」というような、なまやさしいものではなかつた。(のちに有罪判決確定を理由に解雇された)従つて会社が、一応の処分として、出勤停止ではなく、出勤禁止にするのは当然であつた。だから組合としては、抗議はしていない。

野口はさきの供述につづいて「その時は、丁度執行部もおりませんでしたし、私自身も、こんなことで話し合いも何もなく一方的にやられたのでは、今後が思われると考えましたし、また二、三の組合員からも、あなたが一番年長者だから、あなたから会社にとにかく抗議しておいてくれという要求がありました関係で、会社に抗議しました」と述べている。

仮りにこのようなことがあつたとしても、この抗議は、二、三の組合員から、たのまれたことで、野口が積極的に行動したものではなく、また、執行部がいなかつたので「とにかく抗議した」という、いわば、とりあえずの処置であり、それも、野口が年長者だからたのまれたというのであつて、組合活動の手腕を見込まれてのことではない。してみれば、その抗議が極く簡単なものであつたことは、想像するに難くない。

会社がこの程度の抗議に痛痒を感ずるわけはなく、前記の如く、組合執行部は、他に大きな抗議を、事あるごとにくり返していることを思うとき、この野口の抗議は、会社としては、忘れ去つてしもう程度のものである。それなのに、この抗議をとらえて、組合活動を理由とする解雇の動機にかぞえあげるのはあまりにも誇大視したいいがかりという感じを深くする。

また、野口は、ほとんどの組合大会の議長をしていたとの事であるが、会社は、議長をしていたかどうかも知らなかつた程である。しかも、議長といつても、執行権限があるわけではなく、会社との交渉、接触の場に現われるものではないから、会社が解雇の動機として、議長であることを考慮に入れるいわれは、毫もない。

更に団体交渉で全自交は「その事実は認めるが、処分は出勤停止にしてもらいたい」と会社に申し入れた事実はあるが、不当労働行為だから、処分は不当であるとの意見は最後まで出なかつた。不当労働行為だとの主張は、裁判になつてはじめて出されたものである。

(三) 坂上は、野口以上に組合活動とは関係がうすいから、解雇の動機に組合活動が入つてくる余地はない。

「野口を解雇するために坂上をまきぞえにして解雇した。野口の解雇は、組合活動を理由とするものだが、坂上は、そのために解雇されたのだから坂上の解雇も不当労働行為の一環だ」との主張判断は、さきにも述べたように、むしろ坂上の方が運転手としてどちらかといえば、野口より責任は上だから坂上の解雇は、野口解雇の手段でないことは明らかである。

(四) しかも、池口、坂上の「坂上まきぞえ」の話については、信用できる証拠は何等存せず、すべてが作為的供述乃至証言である。

第三、被控訴人が主張する支配介入、差別待遇の事実はない。

(一) 全自交が分裂し、太陽スタータクシー労働組合(以下新労組と略称する)が結成されたのは従業員の自発的な行為によるものである。

(1) 会社は、昭和三八年六月一四日に新労組の結成届を受理したが、この新労組の結成は、春闘に対する全自交執行部の態度に、不信の念を持つた批判グループが生じて、これら従業員達の自由意思により自発的に結成されたものであることは当時の新労組の執行委員長である太田甚五郎証人の証言に明確である。

(2) 被控訴人らは、朝日屋で、会社が中心になつて新労組を作成したと主張しているが、これは事実を甚しくゆがめたものである。

すなわち、六月一三日に田中総務課長が、朝日屋を訪れたのは事実であるが、これは、新労組を結成しようとしていた主だつた者達が、新労組結成後の労働条件は従来どおり変りないか、新労組を結成したというので全自交が暴力的行為をしたり、就労させぬためにピケを張つたらどうするか、などについて、会社の意見を聞くため、総務課長を呼んだので同課長が出頭したのであつて、決して、新労組結成の采配をふるためではなかつたのである。

(3) その後、西鉄クラブに、全自交を脱退し、新労組に加入しようとするグループが五、六人集り、田中がそこに出向いたのも新労組の執行部の説明だけでは、充分に納得できないので、新労組に加入したのちの労働条件等について、説明を求めるため彼らが田中を呼んだのであつて、同人が西鉄クラブに行き、その説明をしたのも、前記(2)項と同様の趣旨であり全自交を脱退させるための勧誘ではなかつた。

(4) 新労組が結成された前後、新労組の組合員には、欠勤しても賃金を保障していると、被控訴人らは主張しているが、出欠勤は、タイムカードにより明確であり、このタイムカードによつて賃金を支払つているので、被控訴人らの主張のような事実は、全くないことが明白である。

(5) 以上述べたように、新労組は、全自交批判勢力によつて自主的に結成されたものであるが、このような全自交の分裂はひとり太陽スター支部に限らず、これと相前後して、はかたタクシー、西日本タクシーにも起つている。

これは全自交批判勢力が互に連繋をとり、期を同じくして新労組結成に踏み切つたものであつて、これを経営者の不当介入であるとみるのは全くの誤りである。

(6) なお、会社には、昭和三八年二月以前に、全自交とは別個の組合が存在していたが、経営者が交替し、西鉄の傘下に入ることとなつたため、組合を一本化して会社と交渉する必要を生じ、全自交に合体した。ところが、その後三ケ月余にして、前述のとおり批判勢力が分裂し、新労組はその後急速に組合員の数を増した。

全自交は、その勢を阻止すべく、昭和三八年末頃より、その組合員を新労組に偽装加入させ、昭和三九年三月、新労組の執行部不信任案を決議して、新労組の役員を交替させ、翌月臨時大会の決議で、新労組の組合員を全員全自交に復帰せしめることで、新労組を崩壊させたのである。

ところが、その後直ちに一年前の新労組結成時と同じメンバーが、全自交より脱退し、新たに太陽タクシー労働組合(以下太陽労組と略称する)を結成している。

太田証言当時、太陽労組は全自交の組合員を吸収して、全従業員一七〇名のうち一一〇名に及んでいる(当審太田証言第一七七項乃至一九五項)。

このような、全自交とその反対勢力との動きから考えても、昭和三八年六月の全自交の分裂は、起るべくして起つた全自交批判勢力の自発的な行動であつたことが推察される。

会社の不当介入とみるのは、全くの誤りである。

(二) 会社は、組合に対し、不当介入あるいは、差別取扱い等をしたことはない。

(1) 福自交太陽支部長諸井義則は、全自交の組合員は、一〇三、〇〇〇円の運収をあげないと歩合がつかないが、新労組の組合員は、一〇〇、〇〇〇円でつく。また新労組は、年間臨時給四七、〇〇〇円で妥結し、支給されているが、全自交の組合員には、まだ支給されていない。また、譲渡慰労金の支給についても、不利な取扱いを受けていると証言している(原審諸井証言第六九項乃至七二項)。

しかし、右証言は、いづれも事実をゆがめたものであり、差別取扱いはしていない。

すなわち、歩合については、当時タクシー運賃が一五%増額されたことに伴い、歩合給をつける最低運収額を、従来の九〇、〇〇〇円の線から引上げることになり、会社は組合と交渉を行い新労組とは一〇〇、〇〇〇円で妥結したが、全自交は右と同内容の会社の提案を拒否したので、暫定的に従来の九〇、〇〇〇円の線の一五%増で一〇三、〇〇〇円を、歩合をつける最低運収額としたのであるが、そのご新労組と同内容で妥結したので、遡つて差額を支給しなんら差別はしていない。

次に年間臨時給については、当時、全自交とは、昭和三八年四月以降の賃金が解決しなかつたので、年間臨給の交渉に入ることができないまま延引していたのであるが、その後賃金解決と同時に、新労組と同内容で臨時給も解決し、支払つている。

慰労金の支給は、新労組とは了解点に達したが、全自交とは了解点に達しないので、新労組に仮払いし、その後全自交とは昭和三九年四月二二日、了解点に達し乙第七六号証のとおり支給した。

すなわち、一時点において、歩合のつけ方が全自交と新労組について異り、また臨時給、慰労金の支給を全自交に対してしなかつたのは、その問題について、全自交との間で解決がつかなかつたからであり、解決後は全く同等に取扱つているので、むしろその原因は、全自交にあるのであつて、会社が差別取扱いをしたのではない。

(2) 諸井は、竹田の池田に対する傷害事件(原審諸井証言第七四項)は、会社のデツチ上げであると証言しているが、全自交が争議中、会社の建物にビラをところかまわず貼るので、池田がこれを阻止しようとしたとき、竹田が池田の足をけつて傷を負わせたという内容の事件であるが、池田が告訴し、第一審では無罪、第二審では四月二三日に、乙第七七号証のとおり罰金三、〇〇〇円の刑をいい渡され、竹田は最高裁に上告している。

これは池田対竹田のことであつて、会社は、何ら介入していない。

(3) 証人安永猛は、全自交組合員平尾の退職は、会社の全自交に対する不当介入であり、その退職の原因となつた平尾の池田に対する傷害事件は、会社の策謀であるという趣旨の証言をしているが、これは事実をゆがめたものである。

右事件の内容は昭和三八年八月二〇日午後七、五〇時頃、業務課長福井守が、従業員の点呼執行中、平尾が点呼を妨害するので、池田がこれをやめさせようとした時、平尾が右池田を突きとばし、そのため、池田が転倒し、後頭部を強打して、一時、人事不省になつたというのである。そこで会社は平尾に対して乙第七八号証禀議書のとおり処分したものである。

安永証人は、事実は、池田がひとりで倒れたにすぎないのにも拘らず、池田がこのことについて、平尾を告訴し、民事刑事の責任を追求するといつて脅迫して全自交を脱退させた、という趣旨の証言をしているが、もし仮りにそのようなことがあつたとしても、平尾が無実ならば、平尾はそのような池田の脅迫に屈する理由はなく、堂々と受けて立つのが当然であろう。平尾事件が会社の策謀であり、不当介入であるというのは、事実を曲げた言いがかりである。

(4) 証人竹田は、谷坂がエントツをやつたが、会社は同人が新労組の組合員であつたので処分しなかつたと証言して、会社が差別取扱いをしたと述べている。

このことについては、会社は、当事者である谷坂と宮前両名を、当時、全自交の執行委員であつた平尾立会の上で調査したが、両名とも、そのようなことはないと否認したので、処分できなかつたのである。確とした証拠がない限り、単なる噂だけでは、会社としては処分することはできないのであつて、会社の処置は当然である。

(5) 証人梅野は、新労組の組合員梅木が同組合員森を乗せて、福岡市から北九州まで往復し、帰りの片道をエントツで走つたのは、不正行為であるにも拘らず、会社は処分しないと証言している。これは事前に会社が、帰りの片道は無料で良いと許可をしておつたのであるから、不正行為にはならない。

もちろん、運送法では、タクシーの運賃は、規定より多くも少なくも取つてはいけないことになつているが、会社が従業員のために、特に必要と認めた場合、あるいは、福利厚生の一環として、会社が事前に許可して片道を無料にしたり、または割引きをしたり、また顧客を他のタクシー会社に、取られないようにするため、若干の値引きをしているのが実情である。

(6) 野口は、新労組の組合員大神雇人が、エントツをやつているのを処分していないと述べて、会社の差別取扱いを非難している。この点については、会社も調査したのであるが、確たる証拠がないので確認することができず、結局、処分しないまま本人が任意退職してしまつたというのが実情である。新労組の組合員であるが故にエントツ行為を見逃したということでは決してない。

更に野口は、大神が全自交の組合員に対して、会社の送りの際、エントツ行為を行うよう教唆したということを述べているが、この点についても、会社は調査したが、事実を確認することができなかつた。

(7) 実車粁一粁あたりの運収は、会社で営業内容を知るため、月一回は算出しているのであつて、野口の供述にあるように組合から会社が教わつて計算するものではない。会社は組合から指摘されるまでもなく、実車粁一粁あたりの最低運収は一人の客を乗せて勤務時間を走り通した場合をいい、その時の運収は、一粁あたり四四円四四銭になるのは承知しているから、この金額を下廻つた運転手は発見できる。会社の従来の調査では最低運収を下廻つた運転手はいない。

第四、本件解雇は不当労働行為であることの裏付けとして、被控訴人らが主張、立証する各事項に対し、次の通り反ばくする。

(一) 被控訴人らは、会社が暴力団を雇つて全自交を攪乱する方策であつたかのように主張、証言をし、不当労働行為の印象を強めるとともに、メーター不倒は、それに気をとられたためだと主張している。然し暴力は、いかなる場合でも許されないものであり、とくにタクシーは、一種のサービス業であり、このサービス業が暴力団と手を組めば、社会的に葬られるのは明らかである。むしろ分裂に際し、全自交の暴力に似たつるしあげなどにより、新労組と全自交との間で、不詳事件が起きはしないかと、会社は憂慮し、事前に警察に連絡をとつたことはあるが暴力団と意を通じたことは全くない。

坂上、野口がエントツで、自動車に乗つて、出席したという十四日午前三時からの組合大会は、坂上の供述によれば、スムーズに予定通り進行し、知らない人に妨害されたようなことはなかつたというのだから(当審坂上供述第三二項乃至四五項)暴力団云々の件は、信用できない主張、供述とみてよかろう。

(二) 証人梅野光則は、昭和三八年六月一四日の分裂の際、新労組に加わり、後に新労組から全自交え復帰したのであるが、復帰した理由は「新労組に加入したが、会社は、約束を実行してくれない、それで腹が立つて復帰した」と述べている。

これは明らかに会社が、全自交と新労組との取扱いに、差別をつけなかつたことを証するものである。

こゝで梅野がいう約束が、何を指しているのかのせんさくは別として、会社が約束を実行しない、というのは、会社が、約束した事実がないからであり、また会社が新労組の組合員に、特別のことをしないのは、差別待遇をしないためである。

もし何等かの約束があつて、会社がこれを実行しないのなら梅野同様多くの新労組員は腹を立てゝ、復帰していつたであろうことを考えると、約束があつたとの梅野の証言は信頼度が極めてうすい。

おそらく梅野は、新しい組合は、会社から何か良いことがあるだろうとの、すけべえ根性から、加入してみたが、何もないのでがつかりしたというものであろう。

そこで梅野は「会社のためにしても何もならない」などと、新労組間にいいふらし、果ては全自交の組合員と、そのことで接触をもつようになつたため、新労組としては、統制違反として、訓戒し、始末書を提出させたようである。

こうゆうことになつては、梅野も新労組に止るわけにもゆくまいから、全自交に復帰した、というのが真相のようである(当審太田証言第二〇〇項乃至二〇九項)。

自分に都合の良いものを期待しながら、所属を変えてゆく人柄に、信用をおくことはできないが、例の部品倉庫における池口、坂上会話の立聞きの一件も、自分の期待に応えない会社に対するふんまんの投げかけとして、証言されたものであり、その証言に信頼度はない。

第五、本件については、緊急性がないことを主張する。

乙第三三号証乃至第四三号証、第四五号証、第七三号証にあるとおり、タクシー業界では、運転士が不足し、募集広告が相ついでおり、更に会社を解雇されたものの再就職している状況にてらすと野口の「太陽、スターの運転手は、どこへ行つても傭つてくれません、ですから自分自身で積極的に探したことはありません」との供述は、事実に反するものであり、仮処分の緊急性はないものと考える。

特に坂上は、入社後、一年経過しての解雇であり、入社前九年間は菓子屋を経営し生活しており、現在も経営しているのであるから(当審坂上供述第二六項乃至三〇項)本件解雇により、路頭に迷うことはなく、この点においても本件仮処分の緊急性はないものといわなければならない。

第六、(一) 原判決はその前半において「してみれば、申請人等の右所為は、いずれも右就業規則第五二条第五項第一号及び第六号第六条第二項第九号に該当するものといわねばならない」「メーター不倒によつて会社に与えた損害は僅小な額にすぎず、又乗車させたのが職場の同僚であること等からいつて事案は軽微であるといえないこともない。しかしながら乗車料金はタクシー営業の存立の根幹をなし、しかも運転手による料金の不正は防止が困難であるためこれがたまたま発見されたときは、事案の軽重を問わず他戒の意味からも重い処分をするのが、タクシー業界一般の方針であることが認められ、これらの事実を比較衡量すれば本件各懲戒解雇が就業規則の解釈適用を誤つたものとして―無効であると―することはできない」と判示しながら

その後段に至つて「申請人野口に対する本件懲戒解雇は、その組合活動を理由とし、ひいては支部の組織の切りくずしを意図してなされたものと認めざるを得ず、憲法第二八条、労働組合法第七条第一号第三号、民法第九〇条に則り無効のものというべきである」と判示している。

苟くも「メーター不倒」という事実があり、それが就業規則に明文を以て懲戒解雇の事由として規定されており、それは「事案の軽重を問わず他戒の意味からも重い処分をするのがタクシー業界一般の方針であり」本件の場合にこれを適用することが「苛酷不当性を有するとは認め難く―本件懲戒解雇が就業規則の解釈適用を誤つたものでない」とするならば

百歩を譲つて仮に本件解雇の内心の理由が、原判決認定の如く「その組合活動を理由としひいて支部の組織の切りくずし」を意図するものであつたと仮定してもそのことの故を以て就業規則の規定の誤りなき解釈適用によつて行つた懲戒解雇が無効とせらるるということは論理の矛盾である。

(二) 若し原判決の如き論理が認めらるるならば、同時に「メーター不倒」の事実が発見されて懲戒解雇処分を受けた者が数名有るとき偶々会社が予ねてから組合活動家として解雇したいと考えていた組合幹部については懲戒解雇は無効となり、然らざる平組合員或は組合員でない者についてはそれが有効として動かすことができないということとなり、その結果は、組合活動をやつてさえいれば如何なる事由があつても懲戒解雇をされることがないという事実上の特権が組合活動家に認めらるることとなる。

原判決は右のような重大な影響に迄思を廻らすことを忘れた甚しく軽卒な裁判であつて、その不当なことは多言を要せずして明かである。

(三) 本件懲戒解雇は就業規則に明文を以て定むる解雇事由に該当する事実があり、これに基き解雇したもので就業規則の解釈適用を誤つたものでなく、従つてこれを争う余地がなく、本訴は明かに理由がないものと認めらるるから原判決を取消し本件仮処分申請はこれを却下すべきである。

(別紙)

被控訴人の主張

一、本件懲戒解雇の理由について

(1) 本件懲戒解雇は、箱崎・柳橋間における被控訴人坂上道人のメーター不倒行為について被控訴人等両名が共謀したというのであるが、その情状は極めて軽微であつて懲戒解雇の理由とするに足りない。原判決は「乗車料金はタクシー営業の存立の根幹をなし、しかも運転手による料金の不正は防止が困難であるため、これがたまたま発見されたときは事案の軽重を問わず他戒の意味からも重い処分をするのがタクシー業界一般の方針であることが認められ」ることを根拠として本件懲戒解雇が社会通念に照らし著しく苛酷不当とはいえないと判断している。しかし、このような判断は甚だ不当である。

(一) なるほど、タクシー営業は乗車料金を収入源としているのだから乗車料金はタクシー営業の存立の根幹と言えなくはない。しかし、この乗車料金を稼ぎ出すのは運転手であり、運転手に支払う賃金とのバランスを抜きにしてタクシー営業は存立し得ない。タクシー運転手の無権利状態と低賃金と長時間労働の上にタクシー営業は莫大な利潤をむさぼつてきたが、このような状態に労働者がいつまでも無抵抗でいないことも経営者はよく知つている。経営者は、一方では尻叩きの歩合制賃金と網の目のような懲罰規定を作つて労働者に自らを酷使させ、かついつでも労働者をやつつけることができるようにしながら、他方では莫大な利潤の一部が労働者の不正行為によつてその低賃金をカバーするのに使われることを狡猾に半ば黙認する方針をとり、これによつて低賃金に対する労働者の反撃をそらし、また抵抗する労働者を狙いうちする材料とし、さらに労働者の一部を脱落させる脅かしやえさとして利用してきているのである。

乗車料金がタクシー営業の根幹をなすと言つてみたところで、それを稼ぎ出す労働者の労働条件や労働者に対する支配の実態を無視して、それだけで何か不動の絶対的意味があるかのようにみることは、労働者の行為に対する評価を決定的に誤まらせるのである。

本件疏明に現われた範囲でも、控訴会社は昭和三八年六月一二日から一四日にかけて第二組合作りのために営業車を繰り出しながら、その料金を徴収せず、第二組合員が急いで帰りたいと言つたとかの程度の理由で三、〇〇〇円にも及び料金を会社負担にして営業車を使わせ(しかもメーターを倒さないで運行したのをとがめもしない。梅野証言、福井証言)、また、エントツやチヤージが発見されても必らずしも処罰しない(当審諸井証言、第一審竹田証言等)等の事実が認められる。さらに全自交の組織を分裂させるためには、組合側に知れただけでも、五〇万円を池田「警備員」に持たせて一ケ月足らずの間に買収供応資金に使わせている。会社が労働者を支配するためには単純な算盤勘定だけで行動するものではないことを銘記すべきである。

(二) 控訴人は乙第五四ないし七〇号証によりタクシー業界における他社の処分例を疏明しているが、これらはメーター不倒は必らず解雇していることを示すものではあり得ない。即ち、乙第五四ないし五七号証は「厳重な処罰」をしている「その一例」にすぎず、乙第五八ないし六三号証は「懲戒処分」に付すべき事例で、「他の類似行為」についての処分は明らかでない。しかもそれらは本件の場合と異なりいずれも着服行為である。乙第六四号証も着服行為の場合である。乙第六五ないし七〇号証は内容的に疑わしい。なぜなら昭和三七年八月二七日から昭和三八年六月二九日までに亘る事案(但し一件は何年か不明)について、「この程」処分しておる等というあいまいな表現が用いられており、いずれも「始末書」中に「今後このようなことは決してしない」、「以後このようなことがあれば辞めさせられてもよい」などの表現があつて、到底必らず懲戒解雇とするという建前から作成された文書とは見られないからである。

しかも、これらの事案の真の意味は、被処分者の前歴や職場の実情を見なければ軽々しく理解しうるものではない。本件懲戒解雇そのものが、一つの処分といえどもいかに複雑な背後事情を持つかを示すに充分である。

(三) そもそも他戒のため「事案の軽重を問わず」厳重な処分をするということは、就業規則の規定の仕方自体から解釈に無理があつて到底認められる性質のものではないが、以上の他社の事例なるものはかえつてこのような「解釈運用」の事実自体がにわかに認定し難いことを示すものである。

(2) 本件メーター不倒行為の情状として最も重要なことはその動機が控訴会社の露骨かつ醜悪な不当労働行為によつて与えられていることである。もちろん、箱崎新楽町の被控訴人野口美津男宅前から妙見附近まで、被控訴人両名がメーター不倒に気がつかなかつたことは事実であるが、事柄の性質上これを直接証明するのは本人の供述以外になく、所詮信用し難いものとされるに違いないから敢えて言わぬことにする。被控訴人等の供述を信用しないというのなら控訴人の乙第七一号証の一ないし一四を検討すると昭和三八年六月一二日から一四日にかけて控訴会社の営業がいかに不正常なものであつたかがよく解る。運転手の勤務はAAAABBBB2非番を四回繰返して四回目の非番の次に公休が来るという体系であるのに、公休が二日続いたり、無届欠勤が有休に訂正されたり、全く乱れていたり、そして要するに従業員がまともに勤務していないのである。これはすべて第二組合作りのためである。特に六月一四日の晩はそれが極端な状態になつた。そして第二組合結成大会への出席には賃金が保障されているという情報が被控訴人等の耳に入つていた。会社が全自交をつぶすために暴力団を使うといううわさも耳に入つていた。一ケ月余に亘つて行われた控訴会社の悪らつな不当労働行為に憤激していた控訴人等が遂に直面したこのような事態が、被控訴人等の従業員としての誠実な勤務を阻害したとしてもまた決して厳しく非難しうるものではない。しかも彼等はタクシー料金を着服したのではない。控訴会社が第二組合の結成大会に出席する者には運賃は会社負担で迎えに行くという状態のもとで「会社が会社なんだからこれ位のことは」という考えで上り車の料金をサービスしたに過ぎない。「厳重に処分」する根拠として会社の営業利益を言うのなら、営業自体が厳正に遂行されていなければならない。会社が自ら就業規則を徹底的にふみにじるような営業態勢をとりながら、そのじゆうりんとの関連で生じた従業員の就業規則違反を「厳重に処罰」できるだろうか。雇用関係は専制君主への隷属関係に等しいのだろうか。近代法は「汚れた手」による攻撃を許さない。控訴人の準備書面(第一回)第一(二)の主張はあるべき姿における会社の方針又は現実には存在していない会社の方針を述べたものであつて、もしそのように言うなら、実は会社自体が右主張のように自らを厳重に処罰する必要があるのである。

二、不当労働行為について

本件懲戒解雇が不当労働行為であることは歴然たるものがあるが、控訴人はしきりにその点を争うので若干反論しておく。

(1) 控訴会社が昭和三八年七月三日の団体交渉で「坂上の懲戒解雇は動かせないが、野口は諭旨解雇にしてもよい」と言つたのは事実のようであるが、それは被控訴人坂上道人が度重なる会社の不当な誘いに乗らないので、野口を首にするためにはどうしても坂上の方をより重く処分しなければならなくなつたからである。会社としては理由は何であれ要するに一人でも全自交の組合員を減らし、第二組合員をふやすことに血道をあげていたので、坂上が意外に強く抵抗するのを知つて不当にも強硬措置に出たまでである。乙第一号証「懲戒処分の件」の作成日は同年六月二七日であるが、これは丁度池口が坂上に対して三回に亘りさそいをかけたが乗つて来ないことが判明した時期である(坂上は六月二五日B勤務で出勤している)。

(2) 控訴人は被控訴人等がいわゆる組合活動家ではないことを理由に不当労働行為がありえないかのように極力主張している。しかし、控訴会社は第二組合を新らしく作らせるに当つて遅くも昭和三八年五月以来従業員の組合意識を系統的に調査して○△×印をつけてランクしており、被控訴人野口美津男には全自交の主力であることを示す大きな×印がついていたし、被控訴人坂上には第二組合の主力であることを示す○印がついていたらしいのであるから(安永証言、梅野証言)、単に組合活動家であるかないかをもつて不当労働行為意思の存否を論ずることができないことは明らかである。組合分裂のための支配介入は平組合員で何ら見るべき組合活動がなくても、組合所属によつて差別的に不利益を与えることによつてかえつて効果的となるのは自明の理である。控訴人の主張(そして原判決の理由)は、この点を無視している点において全く盲目ないし狡猾である。労働組合というものは目立つた活動をする者も必要であるが、そういう組合活動家と組合員大衆をつなぐ役割を果すしつかりした人物がなくては強くなれない。特に組合分裂の危機に直面した時にはそうした人物の存在は大きな意味を持つている。野口はまさにそうした存在だつたのである。会社は組合員の中にある交際グループ毎にその中心的人物をマークして分裂工作をしていたのであるから(安永証言等)そのくらいのことが解らぬ筈はない。おまけに池田「警備員」は早くから野口に対し分裂工作を行つてきつぱり断られていたのだから、なおさら会社が野口を知らなかつたとは言えない。同僚の懲戒問題についての抗議や大会議長を勤めたことなどは単に判断の一つの目安に過ぎない。

(3) 控訴人は当審における被控訴人坂上道人の供述をしきりに弾がいする。確かに同人の供述は表面上かなり混乱しているけれども、決して基本的に間違つているわけではない。

(4) 控訴人は準備書面(第二回)において、就業規則の解釈適用には誤りがない懲戒解雇も、時に不当労働行為として無効とされること自体が論理の矛盾であるなどと主張している。しかし、これは理論的にも実務的にも古くから解決済みの問題である。即ち、たとえ就業規則の解釈適用を一般的抽象的に行う限り解雇が正当な理由を有するとしても、もしその決定的動機が被解雇者の組合活動を理由とするものであれば、その解雇は不当労働行為である。なぜなら不当労働行為制度は労働者個人を救済することによつて団結権を守り、団結に対する使用者の侵害を禁止するものであるから。

本件の場合、被控訴人等に対する懲戒解雇自体正当な根拠を欠くことは一、で述べたとおりであるが、被控訴人等が本件メーター不倒の頃第二組合員になつたならば懲戒解雇されなかつたであろうことはまことに見易いところである。なぜなら、第一に、その頃第二組合への勧誘や当日の結成大会に対する呼び込みのため会社は営業車を使わせながら、その料金は第二組合員から全然徴収していない(梅野証言五五項)。第二に、第二組合結成早々に第二組合員を懲戒解雇してはその組織がもたない。第三に、本件直前頃会社は二〇名位のチヤージ行為について証拠を握つていると言いながらこれを組合切崩しの手段に使い、第二組合に脱落させたが処分はしなかつた(竹田証言七五項)。また本件直後谷坂という第二組合員のエントツ教唆は実害がなかつたという理由で処分しなかつた(同証言七八ないし八四項)。石川、酒井、畑瀬、大神など、本件前にも後にも、エントツ行為を会社が知りながら解雇しなかつた事例がある(当審諸井証言)。

(5) 準備書面(その一)第三及び第四については特に反論するまでもない。

三、仮処分の必要性について

従業員たる地位を保全する仮処分にあつては、他に再就職の道があるからと言つてその必要性がないとは言えない。労働者が不当に懲戒解雇された場合にはそのこと自体によつて経済的にも精神的にも大きな損害を受けているのだから、これを回復する緊急の必要性がある。

労働者にとつて一つの職場で、「どこか他で働けばいい」といつて追い出されることを認めるのは、常に「どこか他で働けばいい」といつて追い出されてもよいということであり、常に生活の道を絶たれてもよいということであるから、そのようなことを前提として地位保全の必要性を否定することはできない。

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